2009年12月15日

後から来る者たちのために 致知12月号 P60〜69

情報通信市場開発部 宮地 英和

【概要】
お仏壇のはせがわ会長 長谷川氏と森林復活で有名な横浜国立大学名誉教授 宮脇氏の対談。

「感謝にまさる能力なし」という言葉があるが、いまの日本では鋭く批判したり、現状を嘆くほうが頭が切れて格好いいという風潮が感謝するという能力を低下させており、日本の一番の問題である。

日本の和の精神とは元来の日本の仕事観から「働く」=「端を楽にすること」を意味し、「幸せ」とは「仕合わせ」=「仕え合い、助け合うことで幸福がある」となる。これを形で表現すると車輪の「輪」となり、精神的に表すと「和」になる。そして日本における「和の精神」とは、人間関係だけでなく、八百万の神とも和し、山川草木とも和していくという考えで、いくつもの和の集合体が大和の国・日本であり、互いに汗を流して譲り合い、助け合っていく思想が日本の国名にまでなっている根幹なのである。

また森は、その土地に適応している主木を中心にできるだけ多くの高木、亜高木、低木、下草などいろいろな植物が限られた空間で、互いに我慢しながら共に生きている多様性に富んだ、健全な植物社会の姿であり、会社経営も全く同じと言え、更に本物の森とは厳しい条件にも耐え、長続きすることと論じている。

【所感】
我社の経営理念に「和の精神」が盛り込まれていることから、特に【概要】に記した内容が胸に残った。日本人の元来の国民性が「和の精神」によって成り立っている(いた)ことを改めて納得させられたと共に、カワムラマンである以前に、自身が日本人として取り戻さなければならないアイデンティティーが「和の精神」であり、それが成されなければ我社の経営理念を実践することはおろか、本当の意味で理解することも、伝えることもできないのではないだろうか。
 
 我々は河村電器という森に住んでおり、経営理念という「主木」を中心に、個々は多様性に富みながらも主木を支え、個々は互いに仕え合い、感謝し合う。そうすることにより、本物の森に近づいて行くことが出来、何よりも「仕合せ(幸せ)」になれる・・・。まだ粗いがこの様なイメージが頭の中を駆け巡り始めた。

更に具体的なイメージを模索しながら、自身と周囲の仲間に伝えることから始めてみようと思う。同時に家庭人としても最小単位の「家族」という森を本物にするために、このことを話し合ってみたい。
以上


posted by 木鶏クラブ at 13:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 読後感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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